• 出口朝子

絵を描く理由

HPのブログなのでまずはこれを書こう、と題名を書いた時点で「昔『愛される理由』という本があったなぁ」と思い出す。ついでに90年代の思い出なども蘇りどんどん違う方向へ。多分こういう状況から距離を置きたい欲求から描きたくなるのだと思う。言葉にくっついている情報が多すぎて(良い面も悪い面も)上手く自分の中で処理し切れずしんどく感じるから。良い面だけなら良いけれど生きているとそれだけというわけには行かない。根本的な理由はこんなところです。ただ年齢と共にだいぶ上手く処理出来る様にはなってきたので、また違う欲求も出てきてはいる。


線やかたち、それ自体には意味がないのが良い。

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詩になる言葉

谷川俊太郎さんが本の対談で詩になる言葉について述べられたことが興味深かった。 “詩として成立する言葉と成立しない言葉があり、詩にならない言葉というのは「うるさい」。「わたしが、わたしが」と言い立てる詩は、どんなに切実であっても、うるさい。逆に、言葉が詩人の「わたし」から離れて、自立している言葉というのは、言葉自身が静かで響きが良い。” 気のせいかもしれないけれどとても分かる気がする。絵を描いていて

発表すること

作品を発表することについて改めて考えた。絵を描くのは単純に好きで描き続けているというのが根本にはあるのだけれど、それと発表することはまた別の話だ。あまり目立ちたいタイプでもなく、よく発表しているなと自分で感心している。 それに自分でも何故こんな絵を描いているのかも本当のところ分からない。一応言葉で型に入れてはいるけれど。分からないことを分かるためにやっている。分からないから面白くもある。 見てくれ

 © 2019 Asako Deguchi

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